AKANE
 クリストフは、既に磨り減った精神力に再び負荷をかけ、残りの全魔力を竜巻の方向転換に注ぎ込んだ。尋常ではない程の汗が噴き出している。
「くうっ・・・!」
 苦しそうな呻き声をあげながら、クリストフは視力、聴力、嗅覚、その全てを外界から断絶し、ヘロルドの起こした乱暴な風と共鳴することに精神を集中させた。
(さあ、何が気に食わないんです。命を食い荒らしたところで、君たちの欲求不満は解消されることはないんですよ。わたしと空の下を自由に行き来する、優しい風に戻りましょう・・・)
 まるで、感情のある子どもに言い聞かせるように、クリストフは心の中で荒れ狂う竜巻に呼び掛けた。
 それに反発するように、『ビュウウウウウウ』と、音を鳴らしながら、竜巻は王都を逸れ進路を拒否するかのように、ぐいぐいと王都へとその太い足を食い込ませてゆく。
「相当な聞かん坊のようです・・・!」
 クリストフの体力はとっくに限界を通り過ぎていた。
 しかし、ここで彼は退く訳にはいかない。
(君たちがそこまで言うことを聞かないのなら、わたしにも考えがありますよ!)
 クリストフは突然朗らかな笑みを浮かべ、朱音の肩を優しく叩いた。
「クリストフさん・・・?」
 本能的に、朱音は彼を止めなければいけない、と感じた。ほぼ反射的に、朱音はクリストフの前よりも細くなった手首を強く掴んでいた。
「大丈夫、わたしがそう簡単にくたばる様な男に見えますか? わたしを信じてください」
 朱音は胸騒ぎのおさまらない心を抑え切れず、泣きそうな表情でそれでもクリストフの腕を掴んだまま離さない。
「アカネさん、まだ、貴女の自分探しの旅は終わってはいません。そして、わたしは貴女のその旅に最後までお付き合いすると約束しましたね。わたしは自由な男なんです。わたしを動かすことができるのは、わたしだけなのですから」
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