AKANE
「た・・・魂を抜き出すって、どうやって・・・?」
 アザエルはやれやれというように、強く掴まれた服の袖から、ゆっくりと朱音の手を解く。
「ハデスという短剣を胸に尽き立て、人間の肉体を仮死状態にすることで魂を取り出すのです。恐れることはありません。苦痛は一瞬です。蛇に噛まれるよりも短い」
 朱音は聞きたくもなかった恐ろしい事実に、真っ青になってアザエルから一歩、また一歩と後退る。
「儀式は日が最も高く昇る頃に行なわれます。あなたもそろそろ準備をしていただかなければ。直に侍女を遣します」
 礼の形をとると、アザエルは恐怖に慄く朱音に背を向けさっさと立ち去ろうとする。
「わたし、儀式になんか絶対出ないから・・・!」
 アザエルはほんの少しだけ振り向くと、残酷な言葉を朱音にぶつけた。
「では、あなたはこの国とその民がどうなってもよろしいと・・・?」 
 アザエルが部屋の扉に手を掛ける。
 一人ぼっちの今の朱音には、信じたくはないが、この冷酷な男だけが、唯一の頼みだった。
「死にたくない・・・!」
 朱音の悲鳴のような声だった。
「・・・死ぬ? 寧ろその逆ですよ」
 アザエルは、涼しい顔をして部屋を出て行った。

 後に一人残された朱音は、声もなく絶望の涙を流した。
 魂をこの身体から抜かれるということは、朱音という存在が消えてしまうことを意味している。
 懐かしい元の世界の思い出が心の中を駆け巡った。
 あともう少しで手にすることのできた帰還の切符。望月山麓の交番にほんのちょっと手を伸ばせば届いたのに、それさえも邪魔したアザエル。愛する家族や友人にまた会える、という希望は目の前で儚くも散ってしまった。それだけでなく、せっかく再会を果したフェルデンとも引き離したアザエルは、またしても朱音の大切な物を奪い去ろうとしていた。
 あの世界にいた証であるこの”朱音”という存在。大切な両親から譲り受けた、決して自慢できないが愛着のある身体。そして、フェルデンとの唯一の繋がり・・・。
 正直、無理矢理連れて来られた朱音にとって、ゴーディアは何の愛着も感じらなかった。こんな国なんて知ったこっちゃない、滅ぶなら滅んでしまえばいい、などという腹立たしささえ感じる。
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