AKANE
 しかし、その落下は激突寸前で打ち止められた。
「ほんとにあなたという方は・・・。
どれだけ私の心臓を弄べば気が済むというのですか」
 ザバリと突如して起こった水流に流され、そして直ぐ様形を失った多量の水は地面に広がり、流れ消えた。その濡れた地面の上で全身ずぶ濡れになった朱音がゴロリと地面に転がった。
「ごほっ」
 水を少し飲み込んでしまったのか、朱音は咽ながらのろのろと起き上がった。
 この一瞬の間に何が起こったのかは説明するまでもなく、アザエルは朱音が地面に激突するのを魔術によって回避したということは明らかだった。
「よくもそんなことを言えるね! あんたが心配なのはわたしじゃない。クロウだけなんだからさ」
 手を貸そうと伸ばしたアザエルの手をパシリと叩き退けると、朱音は悔しげに涙を浮かべながら唇を噛んだ。
「今のあなたは人間の身体に長く居すぎたせいで一時的に記憶を亡くし、混乱しているだけにすぎません。元の身体に戻れば、徐々に記憶を取り戻していく筈です」
 朱音は、このとき、もうどうやっても儀式からは逃れられないと強く感じた。そして、朱音である自分だけは失いたくないという思いも。
 
アザエルの手によって、部屋に戻された朱音は、部屋に待機していた侍女達に身体を清められ、儀式用の衣服に着せ替えられた。その間も、朱音はそっと頬を濡らし続けた。
 侍女達はそんな朱音の姿を知りつつも、無言のまま自らの仕事をテキパキと済ませていく。
しかし、侍女達の心の中も、内心は悲哀の気持ちでいっぱいだった。ここに来てからすっかり痩せてしまった少女の身体は痛々しく、少女の心の痛みは、全部までとはいかないが、少しはわかる気もしていた。国の機密事項の為、侍女達にはこの人間の少女が何者なのかは一切聞かされてはいなかったが、今日行なわれる復活祭りの儀式で、この少女にとってよくないことが行なわれることだけは何となく想像がついてもいた。だからこそ、この高さの窓から逃げるなどという無謀なことをしでかしたのかもしれなかった。
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