AKANE

「ベリアル王妃、どうか泣かないでください」
ベリアルは美しく整えられたベッドに横たわり、死人のように動かないまま
何日も過ごしていた。涙は枯れ果てるのではないかという程、大きな目からは雫が幾滴も流れ続け、枕を濡らしている。
「このままでは、本当にお身体を壊してしまいます。どうか、涙を拭いて食事だけでも・・・」
 マルサスの危機の直後、裏切りの発覚したブラントミュラー公爵は爵位を失い、大罪人として追われる身となった。それと同時、王妃ベリアルは元老院の手により嫌疑に掛けられ、一旦はロベルト・ブラントミュラーと同罪と見なされ、処刑と決定されたのだが、国王ルシファーの慈悲により、国外追放の刑におさまったのだった。それをブラントミュラーが保護し、予め用意しておいた隠れ蓑に彼女を連れ帰ったという経緯である。
 ベリアルの髪は美しいアプリコットから、見る間に白銀髪へと姿を変えていった。
 それは、ベリアルの深い悲しみと絶望を鮮明に表していた。
「全部お前のせいよ、ブラントミュラー・・・。わたくしは、もう二度と陛下にお会いすることが叶わなくなったのですから・・・。もう生きていてもなんの意味もないわ・・・」
 ブラントミュラーは痛々しい彼女を見る度に胸が締め付けられる思いだった。
 彼はただ、どれだけ望んでも愛してくれぬ夫から引き離し、そして窮屈な世界から救ってやりたかっただけだというのに。彼は自分の行いが間違っていたのかと何度も自身に苦悶した。
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