AKANE
21話 世界最強の敵(後編)
「フェルデン陛下、呼吸はせぬ方が無難ですぞ」
「分かっています」
フェルデンは、師と背中合わせに剣を振るっていた。
マブの口から発される毒の気体を吸い込まないように、二人は呼吸を止めて闘うが、しきりに襲い掛かるマブの攻撃を防ぎながらのそれはかなりの困難を極める。
フェルデンが、魔光石の魔力を発動し、マブを吹き飛ばしたほんの僅かの間に二人は酸素を補給する方法でなんとか状況を維持していた。しかし、それももう長くは持たない。ましてや、二人は既に毒気に当てられ、身体が思うように動かせなかった。
『ビシャリ』
切り捨てたマブの死体が熟れた柿の実が地面に落下したときのように、嫌な音を立てて地面に叩きつけられる。ディートハルトとフェルデンは順調に数匹のマブを切り捨てている筈であった。
『にちゃり・・・にちゃり・・・』
肉塊と化したマブの遺骸がしばらくして動き始める瞬間を見るまでは、二人は痺れの残るその身体でもなんとかこの場を乗り切ることができると確信していた。
しかし、蠢く気色の悪い遺骸が二つに分裂し、それぞれがもとの身体に再構築されていくのを目撃したとき、二人は倦む気持ちを抑えられなくなった。あれだけ苦労してやっと仕留めたこの生き物は、ともすれば最初の数より確実に増えていた。いくら切り捨てたところで、こいつらには“死”というものが無い。切れば切る程に分裂し、増え続けていく。
「これはちょいとまずいことになりましたな・・・」
うんざりしたようなディートハルトの声に、フェルデンは溜息をつき頷いた。