AKANE
「ロランに大まかなことは聞いている。時空の扉から、確かにアカネをアースへ送り返したこと。しかししばらくの後、魔王ルシファーの側近であるアザエルが突然背後から現れ、容赦なく攻撃を仕掛けてきたこと、閉じかかった時空の扉を再び開き、自ら入って行ってしまったこと。少し後に気を失ったアカネを抱えてアザエルが時空の扉から帰還したこと」
 小さく呻きながらフェルデンはベッドにどさりと腰掛けると、こくりと悔しそうに頷く。
「おれはアカネを手放したことに動揺し、儀式の片付けをロランに任せたままに早々に退散していた・・・。おれが馬鹿だった。公務に私情を挟むなどと・・・」
 くっと唸ってからフェルデンは包帯の巻かれた拳をベッドに振り下ろした。
 ヴィクトルは項垂れる弟の肩にそっと手を置いた。
「馬を走らせていたおれだったが、途中で何か嫌な予感がして慌てて引き返して来た。すると鏡の洞窟の前で部下が血を流し倒れていて、まさかと思い洞窟の中を覗いたときには、もうあの男、アザエルがアカネを担いで出てくるところだった・・・」
 フェルデンの落ち込み様は異常だった。嘗てこんなにも後悔に苛まれる弟の姿を見たことはあっただろうか。そう、幼きジゼル姫を失ったあの時でさえ、恨みや怒りを露にしたものの、ここまで落胆することはなかった筈だ。
「フェル、そう自分を責めるな。お前の指揮官としての働きはこの国の誰もが認めている。それに、お前があの場に初めからいたにしても、いくら剣の腕の立つお前でもあの男の魔術を前に対抗できたのかもわかるまい。寧ろ、そうであればお前の命はもうここにはなかったやもしれぬ」
 ヴィクトルの言うことは正しかった。アザエルの魔力が強大で、結界術を得意とする有能なあのロランでさえ怪我を負ったのだ。ただの人間であるフェルデンに剣一本で互角に渡り合える筈はない。
「それよりも、お前はまずその怪我を治すことに専念しろ。お前には、一刻も早く復活し、重要な任に就いて貰う予定でいるのだ」
 フェルデンの額には、うっすらと汗が浮き出ている。傷の痛みは尚酷いらしい。
「重要な任・・・?」
 ヴィクトルはフィルマンに目配せして部屋を退室するよう合図し、フィルマンがいなくなるのを確認した後、声を落として驚くべき事実を告げた。
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