AKANE
クロウは静かに佇んでいた。
美しく彫刻の施された黒い棺の前に佇み、その中を見下ろしていた。
眠ったように目を閉じたまま動かない黒髪の少女の頬にそっと触れ、クロウは優しい微笑みを浮かべた。
「やっと逢えた」
実体の彼女に直接出会ったのは、クロウにとってこれが初めてだ。夢や心の中で会ったときより、少女の姿は可憐で、そしてどこか不思議な色を帯びている。
決して美しい容貌をしている訳ではないし、魔力を秘めている訳でも無い。ただの人間の少女に他ならないその彼女の姿を見た途端、懐かしさと温かさが胸の奥から湧き出る感覚を覚えた。
少女の胸に深く突き刺さった短剣。けれど彼女の肉体はまだ死んではいない。今ならまだ間に合う。
クロウは朱音の胸の剣にそっと触れる。
嘗ては自らの胸に突き刺さっていたこのハデスの剣は、アザエルの魔術により遠き“アース”の地へと魂を長い旅へ誘っていた。そして今、この剣はそのアースから連れて来られた少女朱音の胸に突き刺さり、その魂を元の肉体クロウへと戻す役割を果たしていた。
「アカネ、君に時間を返してあげる」
クロウは知っていた。魂の移動距離が近くであれば、司祭や強い魔力を持つ他者の手助けが無くても儀式が成立するということを・・・。