AKANE
「どうやら整理ができたようですな」
低いしわがれた声で、額から下唇に渡って、深く古い剣傷を残し目を細めて眺めた。
「ディートハルト、ヴィクトル陛下から話は伺った。またもや命を救って貰ったと・・・」
フェルデンはかつての師の目を落ち着いた面持ちで見つめた。
「貴方を鏡の洞窟の前で見つけたときにはこうも思いましたぞ。なんというザマだ! 図体ばかり大きくなって、中身はてんで生っ白い! まだ騎士団の指令官の任を譲るには早すぎたか! と」
手を腰にやり、大声で笑い出したディートハルトは、長身であるフェルデンに並んでもまだ高く、警備隊の長の制服とマントに隠されてはいても、年を重ねた筈の身体に屈強な筋肉は健在だった。
照れくさそうに苦笑するフェルデンの目には、今や迷いの色は見えなかった。
「おれの弱さは今に始まったことじゃないと気付いたんだ。ならばこれからもっと強くなればいい、と。失ったものは奪い返せばいい、と」
フェルデンの強い言葉に、ディートハルトはふっと口を綻ばせ、嘗ての弟子の肩にぽんと大きな手を置いた。
「まだ傷は癒えていないようだが、行くのですかな?」
フェルデンはこくりと頷いた。
「これ以上は引き延ばすことはできない。今直ぐにでも発たなければ」
連れ去られた朱音の行く先は贄という悲惨なものだった。これ以上の長居は朱音の命をも脅かす。
「敵地に赴くということは、火の中に飛び込むということ。必ず生きて帰られよ」
デーィトハルトは、フェルデンに大きく頷き返した。
「わかっている。おれが留守にするしばらくの間、騎士団を頼めるだろうか?」
ぶっと噴出すと、顔面に刻まれた古い傷跡のケロイド部分がぴんと突っ張り、男の顔の皮が不自然に引き攣る。これがフェルデンが子どもの頃から何度も見ていた、師の懐かしい笑い顔だった。
「本当に図々しいお方ですな。少しはわたしの年を労わったらどうです。その図々しさときたら、子どもの頃と少しも変わっておらん」
白髪の混じった顎鬚を左手で一撫ですると、唇の端を少し上げて言った。
「仕方ない。貴方を助けたときに既に乗り掛かった船だ、もう一つや二つ助けたとてそうは変わりますまい」
フェルデンはぐっと師の片手を掴むと、強く両手で握り締め、信頼のおける屈強なその男に、笑みを含んだ強い眼差しを向けた。