AKANE
「殿下、殿下ったら!」 
 ユリウスは先程から二人が向かう先と反対の方向へと歩む馬車や荷台を引く人々と頻繁に擦れ違うことに気付いていた。勿論そのことにフェルデン自身も気付いていない訳ではなかった。
「殿下! なんだか様子がおかしくないですか?」
 フェルデンは毛頭馬の足を止める気もないようで、前方から目を離さないまま言った。
「何が!」
 苛立ちを隠せないその言葉は、半ば怒鳴っていた。
「だって、こんな山道だっていうのに、やけに王都からの人通りが多いし、さっきの家族見ました? 頭に祭りの飾りをつけていましたよ!」
 怒って余計にスピードを上げるフェルデンに向けて、ユリウスはわざと大声を出した。
「それが!」
 ますます不機嫌な声のフェルデンは、またもや怒鳴り声を上げた。
「それがって、つまりですね、王都マルサスで何か祝い事があったってことです!」
 堪らずにユリウスは手綱を引き寄せて、その場で馬の足を止めた。
「そんなこと、お前に言われなくてもわかっている!」
 数メートル走ったところで、ユリウスがついて来ないと気付いたフェルデンが、仕方なく馬を止めると、忌諱(きい)に触れた顔でじっとフードの下からブラウンの瞳を光らせた。
「ユリ!」
 ユリウスはぱっと馬から軽やかに飛び降りると、馬の手綱を引いたままゆっくりと馬上のフェルデンに近付いて行った。
「殿下が苛立つ気持ちもわかります。でも、貴方の部下として友として、おれにも冷静に物事を見定める義務がある。それは、誰でもない貴方を助ける為です」
 いつもは朗らかな雰囲気を身に纏っている小柄な青年は、平素と違って高姿勢な態度だった。
「では、一体どうするんだ?」
 フェルデンがフードを外してもう一度ユリウスの目を見た。青年は道の先を指差して言った。
「あの者に訊ねてみます」
 道の先からやってくるのは、荷台を引いた壮年の男。荷台には砂埃よけの大きな茶味がかった布が被されている。
< 70 / 584 >

この作品をシェア

pagetop