華と…
「華さん、先に洗面で顔を洗っていらっしゃい」
そう言って坂本は、袂から手ぬぐいを出してわたしに渡した。
「それじゃ、折角の餡蜜がしょっぱくなってしまいますよ」
わたしは小さな子供に戻ったように、小さく頷いた。
――やだ……、なんだか昔を思い出しちゃう……
忙くて父や母にかまって貰えなかったわたしは、いつも坂本の後をついてまわっていたのだ。
その頃の坂本は、まだ若くて、父の大勢いた丁稚の一人で。
彼の主な仕事は店の掃き掃除や、倉庫の整理、奥の雑用、そんな下働きが主だった。
だから、父も彼の手が空くのを見計らって、わたしの子守をさせていた。
まあ、つまり、わたしは坂本に懐いていたのだ。
父が坂本をわたしの伴侶に、と考えたのも一理ある。
それが正しい選択かどうかは別として。