その信頼は「死ね!」という下種の言葉から始まった[エッセイ]
 恩師とのエピソードはこんなのもある。



 私が中学二年生のとき、中一と中二だけで行う演劇公演の演出監督になった。

 下級生と同級生で対立し、演出という立場上、両者をまとめるため板挟みになり一人苦しんでいたとき。

 恩師に相談しにいった。


「あんたは間違ってないよ」


 優しい笑顔で言ってくれた。

 涙がこぼれた。



『人は叩かれることで成長する』

 おそらくそれが、恩師の教育理念だろう。

 けれど、恩師はいついかなるときも「死ね!」と厳しく叩き落とすだけではなかった。

 一人で迷い、悩み、もがく生徒に、救いの手を差しのべる優しさも同時に持っていた。


 演劇部の上級生の方は、すでに知っていたんだ。

 恩師が、どれほどの情熱と愛を持って、生徒に接していたのか。

 それは私だけでなく同学年の部活仲間たちも、誰かにわざわざ教えられることなく自分で自然に感じとっていった。


 生徒に「死ね!」という一見最悪な先生を、演劇部員はいつの間にか当然のように慕っていた。


 それがどれほど難しく、すごいことか想像できるだろうか?

 人が絶対傷つくような嫌われる言葉を発していながら、それでも慕われる。
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