日蝕

「この近くのレンタル屋寄って行かない? なんとなく映画が見たい気分」
「いいよ。俺も見たい映画あるし。新作だから全部借りられてるかもしれないけど」

 カップルとのすれ違いざまに聞こえる会話が、どうしようもなく心を揺るがす。

 

 
 あの頃は、こうなるとは微塵も思わなかった。
 あの頃は、まだまだ幼くて、でもそれゆえ無謀でいられた。


ふと、腕時計を見る。ソーラー電池内臓の、銀色のシンプルな時計。電池切れで狂うことなく、正確の時を刻む。両親が大学入学の時に、お祝いとして買ってくれたものだ。


 16時32分。 

 18時半から、塾講師のバイトが入っている。

 


 その前に帰宅して、腹ごしらえと授業の準備。今日は荷物が多いのでスーパーに寄って行くのはめんどうだ。台所にあるであろう食品をざっと思い浮かべる。コーンとグリーンピースの缶詰、冷凍してある小エビにチキンコンソメでピラフ。

 

 お母さんが数日前、家庭栽培をしている近所の人にたくさん貰ったから、と白い買い物袋に入れて持ってきたトマトときゅうり、そして以前買ったレタスの残りに最近お気に入りのバルサミコ酢ドレッシングでサラダ。

 


 そこまで考えると少し満足して、薄っすらと赤く色づいてる空を眺めた。何回目なのだろう。この季節の、この場所の、この空を眺めるのは。

 

 少しずつ変わっていって、でも日々のゆったりとした抗えない流れの中でではずっと変わってなくて、ふと立ち止ると変容が浮き出て見えて、切なくなる。

 

 この町に根を下ろし、生き物ように息をする思い出達が、芽衣の目を晦ませる。
時に優しく、時に嘲り笑いながら。
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