日蝕
 幸子は、地元の旅行会社にツアーガイドとして勤めている。そのせいで、国内外問わずどこかに出かけることが多い。会社のターゲットの客層は、既に退職して年金暮らしをしているお年寄りだそうだ。


 旅行には、特に海外旅行には右も左も分からぬ不慣れな人が多いため、旅行へ出発する前から帰ってきた後までちゃんとお世話をすることを条件に、「高額な代金を頂戴している」とか。


 頻繁にあちこちへ、しかもお年寄りのお世話をしながら出かけているのにもかかわらず、今日も朝から同じように全く疲れをみせない声に、感心すると同時にあきれる。

 


 芽衣自身はそのような体力も気力も、残念ながら持ち合わせていなかったが、幸子に巻き込まれて行動するのは好きだった。自分で動き出すよりも楽に動けるのだ。それは幸子の気質に由来する。彼女はただ人を巻き込んでいくだけでなく、責任感の強さから、巻き込んだ人の面倒を最後までみる。


 

 芽衣のように何をやっても人に迷惑をかけずにはいられない、世間で言うところの「へたれ」でも。



 音楽で例えるならば、芽衣がアダージョのようなゆっくりとしたスピードで進んでいても、幸子はどこからかアレグロの速さでやって来て、一度芽衣をとらえると、そのままのテンポで芽衣を離さずに引っ張っていく。芽衣は一人になるとすぐにもとのテンポに戻るのだが、それでも幸子と一緒にいる時のテンポは好きだった。
 
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