日蝕
そういえば昔この時期に、海斗と入ったラーメン屋はクーラーがちゃんと効いてなくて、定評のあるおいしいラーメンだったが、うだるような暑さで美味しさを感じるどころではなかった思い出がある。
 
 


 舌が正常に機能していなかったし、汗がだらだらと体のあちこちから吹き出る。出される水も氷が入ってなかったので、室内の熱気ですぐにぬるくなってしまう。狭いカウンターで、ろくに話もしないまま必死に麺をひたすら口にかきこむ人々の間で、芽衣は終いには眩暈がしてきたのを覚えている。

 


 もう9月とはいえ、残暑の厳しさが甘く見ていた人たちを容赦なく苦しめる季節。昨日の朝のニュースでは、日射病で体育祭の練習中だった中学校の生徒数人が救急車で運ばれたと言っていた。幸い、命に別状はないらしい。




「……い! 芽衣!」
 幸子の呼ぶ声にはっとする。
「セットの飲み物は、芽衣はアイスティーでしょ? 食後でいい?」
 無言でコクコクと2回頷くと、幸子は伝票を持った店員さんに向き直りその旨を伝える。


 店員が最後に注文を繰り返して確認し、テーブルの上に散らばったメニューを回収してそこを去ると、トイレに行って来る、と堂々と幸子は宣言し、立ち上がって一直線にそこへ向かう。
 

 その後ろ姿を見て、自然と笑みがこぼれる。幸子はずっと昔から、あの性格だ。何一つ変わらない。


 変わらない町、変わらない人、変わらない日常。


 芽衣は、「変わらないもの」が好きだ。「変わらない物」をずっと愛してきた。

 そこから得られる安心感が心地よい。

 幸子とはこの点で芽衣と意見が食い違うだろう、彼女は、変化を好むタイプだ。変化やスリルを求めて世界中を駆け巡っているといっても過言ではない。
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