日蝕
芽衣は店内をぐるりと見渡した。先月末にオープンしたらしいこのイタリアンのお店は、「Fairy Wing」という看板を表に掲げている。


 その名のとおり妖精をコンセプトにしたお店なのか、店内にはいたる所に妖精の陶器の飾り物や、おとぎ話を髣髴させる花瓶、絵画などが飾ってあり、なかなか洒落ている。



 このお店が立地する島崎交差点は、ここの小さな町では2番目か3番目に交通量が多いところだ。スタバの隣ということもあり、近辺の中では立地条件は抜群にいいだろう。

 
 ふとテーブルの上に置いてあるメニュースタンドが目に入る。新メニューの自家製4色アイス。バニラ、苺、オレンジ、胡麻。今は12時半。これから2時に向けて、外の気温はまだ上がるだろう。


 最後にアイスを食べて体を冷やしてから、外に出るのが得策かもしれない。それに、今はさっぱりしたものが食べたい気分だ。強引だったとはいえ、パセリとトマトを使用したパスタはナイスチョイスだ。


 メニューの写真を眺めているうちに、さっぱりした苺とオレンジのアイスが無性に食べたくなる。
 

 もう一度、メニュースタンドに目を走らせる。苺とオレンジ。その黒い活字に、心がざわっと動いた。

 

 なんでだろう、と慎重に思考をめぐらす。


 他の人はどうだか分からないが、芽衣は何か嫌な記憶を思い出す時、何があったかという過去の出来事よりもその時に感じたマイナスの感情が先に湧き出てくる。


 その生ぬるいざわついた感触は無視することができず、振り返りたくない思い出だと分かりながら呼び起こしてしまうのだが――。
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