プラスマイナス、
僕の眠りを誘うぬくもりを持つベッドから離れ、寝ぼけ眼で部屋を出た。
階段を下りると母の作った朝食の香りが漂う。
まったくもっていつもと変わらない。
「おはよう、誠斗」
身につけたエプロンをほどいて椅子の背もたれに掛けながら、母は僕に笑いかけた。
「…おはよ」
母の笑顔がいつにも増して輝いている。
朝陽の光とかではなく、感情からにじみ出ているものだ。
「あのね誠斗、紘奈ちゃんを覚えてる?」
――ヒロナ。
思い出したくないぐらい覚えている名前だ。
とても可愛い少女だったと記憶してる。
幼なじみだったのでもちろん、それなりに仲も良かった。
「紘奈ちゃん、この町に帰ってきたみたいよ。昨日道でばったり会っちゃってー。すごく大人っぽくなっちゃって驚いたわー」
「…あっそ」
食べかけの朝食を置いて席を立ち、ペラペラと喋る母から逃げるように居間を離れた。
思い出したくない少女の話を嬉々として続ける母に憤りを感じ、そそくさと準備を済ませ、いってきますも告げずに家を出た。