プラスマイナス、
指宿紘奈(いぶすきひろな)
覚えてる。あぁ覚えてるともさ。
幼かった僕の、最初で最後の恋だった。
可愛い少女だった。
それなりに仲も良かった。
けれど彼女は、僕になにも告げずに町を去った。
後日、母から紘奈が引っ越したことを聞かされ、思い出しても恥ずかしくなるぐらい喚いて泣いた。
産まれた時でさえあんな声で泣かなかっただろう。
それぐらい泣いた。
普通ならば幼い日の甘酸っぱい記憶として収拾されるだろうこの思い出は、僕の中にしっかりと傷跡を刻み込み、それは今の僕を確実に形成している。
僕は人に固執することをやめた。
たとえ同じ哺乳類だろうが人間だろうが日本人だろうが家族だろうが血が繋がっていようとも、結局それぞれがそれぞれ個々であるのは間違いなくて、まぁ難しいことは僕自身もあまりわからないけれど、固執しないことが傷つかずに生きていく術だとわかった。
だからといって、人付き合いを完全に遮断するわけではないけれど。
一人でいると明らかに損することが多いだろうから。