の。
 ヴァンパイア。
 霧や影に姿を変える事が出来て、神出鬼没──だっけ?
 生き血をすすり、下僕を増やす闇の王。
 吸血鬼。
 また大樹の血を狙って来た?
 それとも今度は私を狙って?
 ……もしかしたら、どちらでも構わないのかもしれない。
 血の美味い不味いなんて、私には分からないし関係無いのだから。
 そう、私は食う方ではなく食われる方。
 餌。
 その単語が脳裏に浮かぶのと同時に、私は武器を拾い上げていた。
 就寝前はあれほど頼もしく感じた重みが、今はとても頼りなく感じる。
 そうだ、結界は?
 結界がきちんと作動しているなら、吸血鬼はこの部屋に近付けないはず──!
 …………。
 結界は作動していなかった。
 いや、志半ばにその命の灯を消されてしまっていた、とでも言うべきかな。
 大樹ならそう言ったと思う。
 つまり、この部屋は守られていなかった。
 こうこうと蛍光灯が発する清浄な光の下、奴は──吸血鬼はどこかに潜んでいる!
 あの右腕の感触。
 あれは吸血鬼の牙が添えられた、そんな感触ではなかったか。
「くッ……居るなら出て来なさいよっ!」
 何処に隠れているかも分からない相手に向かって、私は威嚇してみる。
 が、この八畳間の部屋で音を発するものと言えば、静かに羽を回し続ける最新モデルの扇風機のみ。
 気配が──読めない。
 何処にいる?
 何処に隠れている?
 吸血鬼!
 じりじりと扇風機に近付き、停止スイッチを押してみる。
 もちろん、周囲への警戒は怠らないまま。
 次第に弱まる機械音。
 そして、静寂が世界を支配した。
 聞き耳を立てる。
 相手は吸血鬼だ、視覚に頼れば翻弄されるだけ。
 そう言えば、ヴァンパイアには目を合わせた相手を魅了するんだっけ?
 とにかく視覚を優先しては駄目。
 どんな物音も聞き逃す訳にはいかない。
 私は自分の身と、そして大樹を、奴の毒牙から守り抜かなくてはいけない。
 すぅ、はぁ。
 すぅ、はぁ。
 五月蠅い。
 自分の呼吸音すら邪魔にさえ感じる。
 まるで全てが停止したかのような。
 時の流れすら止まってしまったかのような、そんな錯覚を覚えてしまいそう。
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