の。
 確かに当時はな、エアスラはオリンピックの競技に数えられちゃあいなかった。けど、決して他のスポーツに引けを取らない位の人気はあったし、レベルの高いランナーは世界中にゴロゴロいたもんだ。俺様はその中でも飛び抜けてたけどな。
 けどよ、まだあの頃の日本はレベルが低かった。世界的にも有名なランナーなんて、“爆風(ブラスト)”くらいしか居なかっただろ? 退屈な試合になるのは目に見えてたし、爆風野郎をブッ倒して賞金をカッさらったら、さっさと国に凱旋するつもりだったわけよ。
 なのに、だ。本選第三組。そこには爆風の姿は確かに無かった。俺様って黒人だからよ。骨格、筋肉の付き方、関節の柔軟さ、手足の長さ──スペックがニッポン人とは明らかに違う訳だ。それに加えて練習量、実戦量、どっちも会場に群れる有象無象よりも多く経験してる自信はあったからな。負ける要素なんて無えと踏んだ。爆風以外の奴等になら、目を閉じたままでも勝てる自信があったんだ。
 けどよ。二十本あるフラッグを四人で取り合って、俺様が取れたのはたったの三本、しかもその全てが一番長くて触れやすい、長さ二メートルのフラッグだ。残りは全部、奴が持って行っちまった。圧倒的だったぜ。まさか爆風以外の奴に負かされるなんて、思いもしなかったッての。
 当時の俺様は、馬鹿にされたと思ったわけよ。で、ゲームの後に奴に詰め寄ったんだ。このエアスラの王者に二メートルフラッグだけを恵んでやるたぁ、随分とコケにしてくれる、ッてな。そしたら奴は、何て答えやがったと思う?
『僕と黒人のお兄さんとじゃ、体格が違い過ぎるからね。皆が真っ先に狙う取り易い旗を捨てなきゃ、僕に勝ち目は無かったんだ』だとよ。
 フラッグ以外が見えてなかった俺様の方が、よっぽど相手を馬鹿にしてたってわけだ。奴の方が、よっぽどクールだったって気付いた──いいや、気付かされた時にゃ愕然としたぜ。そして、思ったんだ。上から見下してるだけじゃ、いつか足元を掬われる。世界一を獲り続けるなら、常に最善を尽くし続けなきゃいけない、ってな。
 それからだ、俺様が王者を名乗るのを止めたのは。今じゃ“プロになってからは”無敗の英雄だけどな。がッははは!
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