の。

颯の場合

 最後に私が向かったのは、梛木颯(ナギ・ハヤテ)選手の元だった。彼は現役のプロランナーで、ランサー、つまり速さを競い合う競技であるランスのランナーである。
 彼はマイクを向ける私に疑惑の視線を投げ掛けながら、しかしインタビューにはしっかりと答えてくれた。

 ソードで王者レオを破ってベストエイト入り、更に気紛れで参加したアローで暴風を打ち負かしてベストフォー入りした子供がいるっていうから、少し気になってちょっかいを出してみたんだ。とは言え、おいらは公式戦じゃあいつとは戦った事が無いんだけどね。思った通り、子羊の皮を被った狼──いや、虎だったよ。
 でもまあ、なんだ。大人気ないとは思ったんだけどさ、手を抜ける相手じゃあなかったんだよ。疲労困憊のあいつに、全力で挑ませて貰った。当時はとにかく名声が欲しくてね。田舎の出身だったおいらは、金も、知名度も、実績も、ツテも、何も持ってなかったから、相手が誰であろうと、相手の状態がどうあろうと、それが非公式の勝負であろうと、細かい事をいちいち気にしている余裕なんて無かったのさ。とにかく、強い奴に勝ったっていう事実が欲しかったんだ。
 場所はもちろん、会場の隣の公園。あそこにも小さいながら、エアスラのコースがあっただろう? あそこで、一対一の真剣勝負だ。ルール無用で、片方が敗けを認めるまで走り続ける。そんな無茶苦茶な要求を出したのに、あいつは嬉々として乗ってきやがった。
 正気を疑ったね。二つも試合を掛け持ちして、世界に名だたるランナーと二戦もこなして今にもぶっ倒れそうな状態だっていうのに、あいつはまだ走る気満々だったんだからな。こいつは馬鹿なのか、それともマゾなのか、そう思ったよ。
 今ならその気持ち、分からないではないけれどね。当時のおいらは、きっと大事な物をどこかに忘れてきてしまってたのさ。だから、そんな簡単な事も分からなかったんだ。あいつが走る理由なんて、最初から一つしか無かったってのにな。
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