豹変時計
レイタは手帳を指でたどって何かを確認し、顔を上げた。
「あの…S高校の場所は、ご存じですか?」
(S高校…)
知らないわけが無い。マサタカは《自分が今来た道》を振り向き、指差した。
「この道を道なりに進んで、最初の交差点を左。その後……」
説明をしながら、マサタカは横目でレイタを窺った。
レイタはマサタカが話すとそれに重ねるように、運転席の誰かに向かって日本のものでは無い言語を話していた。
車の窓にはスモークが貼られているため、運転席の様子は窺い知れなかったが。
(この言葉…ロシアか…どうりで日本語話してる時も、変なアクセントがあるわけだ…)
説明をしながら、マサタカは思った。
(…でも日本語は習った程度…ってわけでもないな)
現に、マサタカは日本人として普通のスピードで話しているが、レイタは一度も聞き直すことはなかった。
「……あとは、その橋を渡れば見えてきます。」
マサタカがレイタに向き直っても、少しの間レイタは運転席に話していた。
最後に小さく頷くと、レイタもマサタカに向き直った。
「ありがとうございました。」
レイタが頭を下げると、自動車はユルユルと動き出した。
「…いえいえ」
マサタカは走り去る黒の外車を肩越しに見ながら、
(嫌な予感がするな…)
頬を掻き、再び家へと歩み始めた。
▽
この転校生が何故か、そして突然、《加害者》になったわけである。
「おーい…レイタ…」
マサタカがレイタの背を擦(さす)り続けていると
「……………はっ!」
「わ」
ばっ、と。
レイタが顔を上げ、マサタカが慌てて飛び退いた。
飛び退かなければ、マサタカは頭突きを食らっていただろう。
もちろん警戒の意味も十分に含んだ《反射》だった。