豹変時計
「そんなに苛めたくなるような顔、しないでく…ぅッ!!!」
なんとか隙をついて零汰の腹にまた膝蹴りをいれ、その手を払いのけてマサタカは走り出した。
誰もいない学校の敷地を出ても、零汰が追って来る気配は無かった。
▽
(おかしい…おかしすぎる!!)
マサタカは家までの2キロほどを、駆けた。
ぶつかった他人に謝ることもなく
赤信号を、渡って
途中で解けた靴紐にも構わず
全力で駆けた。
「…っはぁ…はぁ…は…」
自宅の鍵を開けてようやく息を整える術〈すべ〉を思い出し、ドアを開けるとそのまま玄関に座り込み、制服の上着を脱いだ。
▽
数分はそうしていただろうか。
マサタカは靴を脱ぎ、制服を抱えて二階へ導いてくれる《段差たち》をゆっくりと踏んだ。
上がりきると、左右に一つずつのドアがある。
マサタカはドアには目もくれず、今上った階段と反対側の窓を開けた。
ワイシャツの襟元から入ってくる外気が火照った体に心地良い。
しかしマサタカの表情は何か強い感情に歪んでいた。
「おかしい…」
最悪の場合、助けを呼べばいいと思っていた。
<あの状況を見られる>というリスクもあるが、優等生で人気もあるマサタカが、自分は被害者であると説明すれば、何とかなる。
それに、自分なら最近やってきた転校生よりも信用は厚いはず。
そう、思っていた。
(なのに…なんで。)
《部活に勤しむべき生徒》や、《巡回の教師》すら学校にいなかったのか。
そして何より、
《零汰は何をしたかったのか》
《あの豹変ぶりは何なのか》………
疑問ばかりだった。
マサタカは窓を閉じ、階段から見て右の部屋に入った。
――☆優貴マサタカ☆――
閉められたドアには、可愛らしい…
女の子の手作りと思しきプレートが掛けられていた。