豹変時計
零汰は少し寂しげに笑った。
「両親は日本人《でした》から。それにあっちでは日本語も勉強してたんです。」
「ふぅん…」
(『でした』、か。ワケありっぽいな…そんなヤツの傷口に、わざわざ塩を擦り込む必要ない………)
興味なさげな相槌も、優貴なりの気遣いだったが
「両親とも、僕が小さい頃に殺されてしまいました。両親は日本人ですが長いことあっち(ロシア)にいたので、僕は現地の施設に預けられることになったんです。」
零汰はその気遣いを察すること無く言った。
「《殺された》…そっか………」
優貴は瞼を伏せた。
(人の気持ちを考えない奴等が根掘り葉掘り訊いて同情しようとするから、コイツも……)
「そーいえば、何で俺に敬語なんだ?」
すかさず優貴は話題をすり替える。
これも空気を重くしないための気遣いだった。
「道、訊いてきたときはともかく」と、優貴は零汰の方に体を捻って頬杖をつく。(零汰の向こう側の女子が若干ざわついた)
「僕はあっち(ロシア)の施設で、日本の標準語として敬語を学んだんですよ」
「へー。普段は?」
「現地語です。でも先生たちは英語で授業を。」
「すげーな…」
優貴は目を丸くした。
「いえいえ…」
零汰はかぶりを振る。
「じゃあ英語もぺ……」
唐突に言葉を切り優貴は視線を零汰からその向こう側に外す。
頬杖に使っていた手もVサインに変わった。
今度は零汰が目を丸くする番だった。
教室のざわめきが一瞬にして増し、零汰は優貴の視線を追って振り返った。
「サービス。でも盗撮はいけないよ…写メなら、堂々と撮ってくれないかな?」
優貴は微笑んでいた。
「ゴメン…」
「いや、言ってくれれば別にいいんだよ。減る物じゃないし…」
しょげてスクールバッグを閉じた女子生徒に、優貴はヒラヒラと手を振った。
零汰は優貴の微笑みとその鋭さを、なかなか結び付けられずにいた。