嘘婚―ウソコン―
千広は空っぽになった缶をテーブルのうえに置いた。

「――…き…」

陽平の唇が小さく動いて、音を発した。

「えっ?

何ですって?」

千広は耳を傾けた。

「――美、樹…。

美樹…」

まだ心のどこかでは、自分の前を去って行った婚約者のことを思っているのかも知れない。

「やっぱり、全部言った方が楽だって言ったじゃないですか…」

千広は呟いた。

その呟きが聞こえたのか、陽平の声は止まった。

声が止まったことに、
「聞こえてんのかよ…」

千広は小さな声で毒づいた。
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