嘘婚―ウソコン―
彼のその背中を見送る暇はなかった。

自分の意識とは反対に熱くなる頬を隠すように、千広は床にうずくまって座った。

「――ホントに、向いてない…」

千広は呟いた。

その呟きに答えるように、ガラガラと背中にもたれている冷蔵庫から氷が落ちる音がした。

千広は泣きそうになった。

そんなにも自分は顔に出やすい性格なのかと思ったら、へこんだ。


シェフの手によって目の前で焼かれている肉がいい音を立てている。

「陽平も知っている通り、綾香が結婚した」

焼けてくる肉を眺めていたら、父親が話し始めた。

ああ、そうだったなと陽平は上の空で思った。

去年の秋だったか冬だったか忘れたが、５つ下の妹が結婚した。

父親が決めた見合い相手の秘書と。
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