嘘婚―ウソコン―
自分が泣いていることに、初めて気づいたようだ。

「ヤだ、私ったら…」

彼女はひったくるように千広の手からハンカチを受け取った。

それで涙をぬぐう。

その様子を千広は見つめていた。

いるの、だろう。

自分が知らない間に涙を流すほど、思っている人が。

「涙が出るほど、大切な人がいるんですか?」

千広は聞いた。

彼女は潤んだ目で千広を見つめた。

「…そう、ね」

そう言った声は、震えていた。

続けて、
「私をこんな気持ちにさせるほど、大切な人が」
と、言った。

彼女は潤んだ目を隠すように、ハンカチを目に当てた。

洟をすする音がした。

千広はそんな彼女を見つめながら、
「かけがえのない人なんですね」
と、言った。
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