林檎とモノクロ
―――――‐‥
「ただいま」
大学から帰宅すると、家には誰も居なかった。
毎週水曜日はいつもそうだ。
玄関のドアを閉めた瞬間、バイブが鳴る。
『話があるの、いまどこにいる?』
書かれていたのはその一文だけ。
亮太はすぐに返事を打つ。
その15分ばかり後
チャイムが鳴った。
「別に、普通に入ってくればいいじゃない、もう家族なんだから」
「まだ違うもん‥」
早く入れば?というと、林檎は玄関に足を踏み入れ、ブーツを脱いだ。
「手ぶらもどうかと思いまして」
彼女はケーキを差し出す。
「悪いよ、いつもいつも」
「いつもこのアップルパイ。たべあきた?」
「いや、まったく?」
「うん、知ってる」
林檎は手を洗うといつものようにソファーに座る。
亮太は皿とフォークを持ってくる。
「あ、雨」
会話の途中、林檎が呟いた。
薄暗い室内には、雨の音、カチャカチャという金属音、そして2人の会話がこだました。
2人はいつものように他愛ない会話を交わす。
変わらないようにみえる、水曜日の午後。
亮太は、自ら話を切り替えた。
「式は?いつあげるの」
「うーん、暖かくなったらかなぁ」
「新居は?」
「多分、隣街のマンション。ここから二駅先にある」
変わらない林檎の声のトーン、仕草、様子。
「何があったの」
亮太は問い掛けた。
林檎の顔が一瞬強ばった。
かと思えば、すぐに悲しい顔をした。
目には涙がまくをはる。
亮太には、分かった。
彼女は傷ついていると、
きっと誰にも気付かれないような彼女の振る舞いからでも。