一度目のくちづけは煙草のにおいがした
目を閉じた夏の日




それは

春のこと





「河内先生」


理科準備室に足を踏み入れたわたしは、
白衣を身にまとって座っている男性を呼んだ。


「言われてたもの、運びました」


彼は椅子をクルッと回転させた。


「ありがとう、横須賀さん、そこに置いておいてもらえますか」



彼が指を差す机に、わたしは荷物を置く。


机に置いてある花瓶には、綺麗な花が一輪。

しかし、水はほとんど入っていなかった。


「花瓶の水、替えてきます」


わたしは、隣の理科室の水道で花瓶の水を交換した。

花瓶を机の元の位置に置くと、彼はにっこりとした。


「横須賀さんは気が利きますね」


「いえ、そんな」


先生は、立ち上がり窓を開けた。

心地よい風とともに、桜の花びらが舞ってきた。


「あ、先生、髪の毛に花びらが‥‥」


前髪の花びらをとったとき





わたしたちは
くちづけを交わしていた



わたしは、驚くわけでもなく
拒否するわけでもなく



ただ、目を閉じた




彼からは
煙草のにおいがした





あの瞬間から


わたしの時は

とまったまま






―― 一度目のくちづけは煙草のにおいがした ――


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