zinma Ⅱ
去っていくレイシアを見送りながら、ふたりは険しい顔をしていた。
しばらくの沈黙。
ファギヌが、それを破る。
「……ずいぶん、『選ばれしヒト』に侵食されてるようだね。」
それにカリアも、
「…ああ……」
と答える。
カリアは、一度悲しげにうつむき、
「……もう、感情という感情は、消えたか……。」
と、つぶやく。
そして目を閉じ、さっきのレイシアの顔を思い出す。
褒められて、にこにこと笑う顔。
穏やかな、優しい笑み。
最近では、他の人が見ても、何もわからないくらい、自然な表情を浮かべるようになったけれど。
カリアとファギヌにはわかっていた。
あの表情は、うわべだけだ。
本当は、もうレイシアには、なんの感情も残っていないようだ。
何を見ても、何を聞いても。
彼の心は、『選ばれしヒト』に侵されてしまって。
おそらく彼の中には、もうただ無感情で、自分の使命を果たそうとする声しか響いていないはずだ。
こうなることも、自分たちの一族に残る『選ばれしヒト』の記録に書いてあった。
『選ばれしヒト』は目覚めると、日に日に感情が抜け落ちる。
そして、無表情に、ただただ自分の運命を真っすぐに進んでいくその姿は。
ひどく美しく、はかなく、神々しいものがある、と。
そこまででカリアは思考を止めた。
レイシアは、今までの『選ばれしヒト』よりも、深く自分の運命を受け入れているようだ。
だからこそ、あんなに。
穏やかな顔をしているのだ。
もう、レイシアは、後戻りはできない。
そして、自分たちも。
そこでカリアは、自分の胸に、手を当てる。
するとファギヌが、その手を握ってくる。
それに顔を上げると、いつもの優しい顔が、悲しげに歪められていて。
それにカリアは。
静かに、手を握り返した。