zinma Ⅱ
始めの一歩
とても良い天気だ。
ちょうど春になり、気持ちの良い暖かさになってきた今。
もう7年もの間、穏やかに、まるで時が止まったかのように穏やかな日々を過ごしたこの小屋は、今日も、ここだけ絵本から切り取られたかのような平穏が流れている。
いまはもう、この小屋の中で動くものは、僕しかいないから、なおさら絵本の世界のようだ。
時折外から聞こえてくる小鳥の泣き声が、まるで時間の感覚を狂わせるかのように、僕の身体に平穏を染み込ませる。
必要最低限のものだけを詰めた革のかばんをテーブルに置き、僕はもう一度小屋の中をまわる。
キッチン。
食糧庫。
食堂。
廊下。
僕の部屋。
壁や柱を指でなぞりながら、ゆっくりと、歩く。
何度も何度も歩いたこの小屋を、思い出をひとつひとつ解いていくように、ゆっくり。
天井のシミや、壁のひび割れも、すべてがなれ親しんだ光景だ。
それらを見ながら、静かな小屋をまわっていく。
昨日のうちに一度家中をきれいにしたから、今はほこりひとつない。
もうここに、人が住むことはないというのが、不思議な感じがする。
そして最後に。
師匠たちの部屋に入る。
そこには、古い2つのベッドと、小さな棚、たんすとテーブルしかない。
最低限の生活ができるだけの、質素な部屋。
しかし、その部屋には不釣り合いなもの。
床に、大きな魔法陣が彫られている。
まだ新しい。
この、人の身長の2倍はありそうな巨大な魔法陣と、いまは僕のかばんに入れてある、小さな石に刻まれた魔法陣と、布に描かれた魔法陣。
それが、師匠たちが死ぬ前に、僕に残してくれた魔術だった。
床の魔法陣は、もうすでに発動した。
そこには師匠たちの意志が封じてあって、幻覚の師匠たちが、僕にいくつかの遺言を残していた。
そして残った2つは、今後に必要になってくる魔術。