zinma Ⅱ
空っぽの心
この山での行動の拠点としている湖は、とても清らかだった。
レイシアはこの湖をひどく気に入っていた。
いまは夜。
今日も修業を終え、いまはシギも眠っている。
レイシアはシギのほうを見る。
シギは荷物を固めてある木の根元に丸まって、毛布を一枚だけかぶって寝ている。
小さく寝息をたてながら、動かずに静かに眠っていて。
それにレイシアは小さく笑って、湖に目を戻す。
今日は、満月だ。
まわりにはなんの気配もなく、ただ滝の音が響く。
レイシアはブーツを脱ぎ、湖に向かう。
足を入れ、ゆっくりと湖の真ん中に進んでいく。
真ん中のあたりで立ち止まり、空を仰ぎ、目を閉じる。
これは最近の週間だった。
瞑想だ。
清らかな湖に浸かりながら、魔力を多く秘めている月光を浴び、集中する。
そうして魔力を高めるため、というのもあるが、それだけではない。
抑えているのだ。
飢えを。
レイシアはそこで、目を閉じたまま、腕だけ動かし、首からかけた胸元の石を握る。
そうすることで、自分が人間であった記憶を、つなぎ止めることができているのだ。
そうしないと、最近の自分は……
『選ばれしヒト』に精神が侵されて、これでもう半年ほど経っただろうか。
師匠たち、シギの両親のもとにいる間は『選ばれしヒト』の侵略から、なんとか人間らしい感情を守り抜いていたのだが。
師匠たちを、殺したあの日。
『選ばれしヒト』として初めて、『呪い』を食べたあの日に。
自分の宿命を受け入れたあの日に。
感情は消えた。
いまの自分の中には、一切の感情がない。
それが、わかる。
何をしても、何を見ても、何も感じないのだ。
これは、妙な感覚。
その変わりに、毎日毎瞬、頭に響く。
『選ばれしヒト』の声。
ハヤク。
ハヤクハヤクハヤクハヤク。
エサヲ サガシテ。
エサダ。
オナカガ、ヘッタヨ。