もうひとつの卒業
早苗は拓馬の胸に額を当てた。

懐かしいにおいがした。

「拓馬のにおいだ」

と思った。

かつて早苗はこの男に、身も心も捧げ、何を失っても、誰を敵に回しても良いと思っていた。

しかし、何かがそれを留めた。


正義と理性。

でも、それは既に手遅れだった。

全てが損なわれた後だった。

全てが消えた。

今まで守り通してきたもの全てが。


後に残ったものは、この部屋の残骸だけだ。


早苗の意識は混沌とし、渦を巻き始めた。

膨張と収縮を何度も繰り返し、最後には破裂した。

そして一つの意思の塊だけが残った。
< 193 / 235 >

この作品をシェア

pagetop