青春の蒼いカケラ
僕には特技がある。
絵が好きだった父の影響で衣笠にある絵画教室『ホリエ・アトリエ』で小さな頃から油絵を習っていたのだ。そろそろ中学を卒業する今では、先生も一目置くほどにまでなっていた。
それでもサッカーの練習が厳しくなると、絵画教室のある日曜日すら時間が取れなくなってしまった。
そんな日々が続いたある日の練習試合で、ドリブルでフェイントを掛け、相手をかわそうとした僕の足が相手とクロスし、脛を直撃した拍子に、僕はその場に蹲ってしまった。
慌てて駆け付けてきた顧問に負ぶされ、僕はそのまま顔を歪めたまま、顧問の車で病院に担ぎ込まれた。
病院では医師がレントゲン写真と睨めっこしながら、『痛いかい?』と言って僕の顔を覗き込む。
脛部強打による打撲。
幸い骨折はしていなかったものの、それでも執拗に顔を歪め続ける僕を気遣い、わざわざ病院から自宅まで運んできてくれた顧問の前で、『やはりサッカーなんてやらせるんじゃなかった』と言い放った。母までもがそれに同意して頷いている。
結局、半ば親公認で強制的に部活を退部する結果になってしまった。父親は相変わらず『お前にはやはり絵を続けさせるべきだった』と顔を合わせる度に言う。僕にはもう、イシイ君に合わせる顔がなかった。
退部届を提出する為に部活を訪れた時、それまで仲間だと思っていた連中に追い詰められ、『根性なし』だの『消えろ』だのと罵声を浴びせられ、金まで巻き上げられた上に、集団リンチを食らってしまった。もはや僕のいる場所はこの学校にはどこにも存在しない。
最後の頼みの綱、イシイ君に相談しても『仕方ないじゃん?』の一点張りで、取り合おうともしない。
リンチは次第にエスカレートして行き、ついに僕は学校を休むようになった。
あれだけ親しそうに近付いてきたイシイ君も、あの日以来、家には近付こうともしない。
見るに見かねた母が『なおと、そんなに辛いなら、青森のおじいちゃんのところへ行くか?』と切り出してきた。
母親にとって子供の苦痛は倍の苦痛になって返ってくる。恐らくあの
絵が好きだった父の影響で衣笠にある絵画教室『ホリエ・アトリエ』で小さな頃から油絵を習っていたのだ。そろそろ中学を卒業する今では、先生も一目置くほどにまでなっていた。
それでもサッカーの練習が厳しくなると、絵画教室のある日曜日すら時間が取れなくなってしまった。
そんな日々が続いたある日の練習試合で、ドリブルでフェイントを掛け、相手をかわそうとした僕の足が相手とクロスし、脛を直撃した拍子に、僕はその場に蹲ってしまった。
慌てて駆け付けてきた顧問に負ぶされ、僕はそのまま顔を歪めたまま、顧問の車で病院に担ぎ込まれた。
病院では医師がレントゲン写真と睨めっこしながら、『痛いかい?』と言って僕の顔を覗き込む。
脛部強打による打撲。
幸い骨折はしていなかったものの、それでも執拗に顔を歪め続ける僕を気遣い、わざわざ病院から自宅まで運んできてくれた顧問の前で、『やはりサッカーなんてやらせるんじゃなかった』と言い放った。母までもがそれに同意して頷いている。
結局、半ば親公認で強制的に部活を退部する結果になってしまった。父親は相変わらず『お前にはやはり絵を続けさせるべきだった』と顔を合わせる度に言う。僕にはもう、イシイ君に合わせる顔がなかった。
退部届を提出する為に部活を訪れた時、それまで仲間だと思っていた連中に追い詰められ、『根性なし』だの『消えろ』だのと罵声を浴びせられ、金まで巻き上げられた上に、集団リンチを食らってしまった。もはや僕のいる場所はこの学校にはどこにも存在しない。
最後の頼みの綱、イシイ君に相談しても『仕方ないじゃん?』の一点張りで、取り合おうともしない。
リンチは次第にエスカレートして行き、ついに僕は学校を休むようになった。
あれだけ親しそうに近付いてきたイシイ君も、あの日以来、家には近付こうともしない。
見るに見かねた母が『なおと、そんなに辛いなら、青森のおじいちゃんのところへ行くか?』と切り出してきた。
母親にとって子供の苦痛は倍の苦痛になって返ってくる。恐らくあの