青春の蒼いカケラ
を羽織り、後輩の車で自宅のあるマンションまで送ってもらった。
 彼女の恰好が恰好なので、気にしてチーフマネージャーのユウコさんが彼女の部屋まで着いて行き、その日は彼女の部屋に泊まった。
 ノリちゃんと、チーフマネージャーのユウコさんは常に一緒に仕事をしている。明後日から一週間の予定で出張する九州での営業も一緒だ。ここではいつもより桁のひとつ多い宝飾品が並ぶ。それもこの二人の売り上げ実績あってのご指名だ。当然、多く売ろうと思えば、彼女達に白羽の矢が刺さる。
 ノリちゃんは連日、ほとんど寝ていない。仕事も真面目。遊びも真面目。彼女にとっては遊びすらも気の休まる時間ではなかったのかも知れない。九州出張の最終日、ついに彼女は『気持ちが悪い』と言い出し、営業時間が終わると同時に、そのまま病院に運ばれてしまった。
 鎮痛剤を打たれ、意識を取り戻した彼女には、目に映る全ての人間が会社の社長に見える。僕がおかしくなり出した時と同じ症状だ。
 幻覚症状。
 僕の場合は幻覚ではなく幻聴から始まったが、どちらも疲れからくるストレス障害だ。
 彼女はそれから丸二日、起きているのか眠っているのかすら判らないほどの曖昧な意識の中で、目の前に映る幻覚と闘っていた。
 ほんの少し、回復傾向が診られる状態になったとの判断で、ユウコさんに連れられて、彼女は東京の病院に連れてこられた。相変わらず幻覚は消えてくれない。消えるどころか増える時もある。下手すると彼女の方が僕より初期状態としては酷いものだったのかも知れない。
 彼女の病状が思わしくないとの診断結果を受けて、もっと専門的な治療の出来る、調布のつつじヶ丘にある病院に転院する事になった。その転院が功を奏したのか、その日以来、彼女の容体は日に日によくなって行った。閉鎖病棟内ではあったが、少しだが友達も出来たようで、一年も待たずに退院する事が出来るようになった。
 とは言えまだ完治したわけではない。彼女は住んでいた森下のマンションを解約し、病院からほど近い場所にアパートを借りて、通院生活を送るようになった。


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