三色の色鉛筆
雲無しの午後

校舎は五階立てであるから地面との高低差は多く見積もっても20メートルには満たない。走れば4秒程の距離は、落下中には幾分が長めに感じた。

ジェットコースターに乗っている時の様な、あの臍の辺りが擽ったくなる様な浮遊感は余り良い心地はしなかったけれど。下から上に流れて行く景色や地面が近付いて来る感覚はそうそう体験出来るものでも無く、何か誰も知らない事を発見した様に得意気な気分になったのだ。
投身を計ったのは私が初めてでも無いけれど。

自殺染みた行為に興じつつも其の実死のうと云う積もりは全く無かった。虐めに関するトラブルに巻き込まれた記憶は無いし、悩み事も皆無かと言えば訂正の余地が在るが精々誰しもが抱えいる様な類に過ぎない。
だから、屋上から飛び降りたのも決して命を絶つ為で無く。強いて言えば塀の上に乗ったり階段の中途から飛んだりする子供の、そんなスリルや達成後の満足感を楽しむ感覚に似ていた気がする。


其の行為には理由も目的も無い。唯、屋上へと向かった切っ掛けは彼女からの一言。いつだったかは覚えて無い、場所はと云えば教室のベランダでの会話だった様に記憶する。車軸を下した様な雨はざあざあと音を起てながら地面を色濃く濡らして、分厚い雲に遮られた光は如何にか地上を暖めようと微かな隙間から射し込んでいた。
雨色の上に快晴がある、そんな不思議な空を見上げながら彼女が言った言葉は、他の総ての雑音をも凌駕し私の脳内に直接響いてきたのだ。正とも負ともつかない泣笑いの様な色を含んだ言葉は確かに空気を振動させて、私は其に連られるように頷いた。躊躇いも戸惑いもせず直感的に。私は確かに首を縦に振った。
今では其の内容を思い出せないと言うのに。


無責任だ、と。誰かに責められている様な気がする。何処かで聞いた様な声だと思った。何処で聞いたか分からない。場所だけで無く其れが誰なのかも掴めず、何か不安定に揺られて居る様な感覚にだけ身を任せている。
耳を塞ごうと、確かに脳から司令を出しているのに地面に投げ出された腕は指の先すら動かせない。腕だけでなく足も首も、何も彼もが命令に反して動こうとしない。
私は自分の身体が自由に動かせない事がこんなにも腹立たしいものだと初めて知った。
一生…最期の瞬間迄は気付きたくなかった発見だ。


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