あの夏を生きた君へ
「ちづ。」
「…何?」
「あれ、ほら。」
彼は前方を指差した。
さっきのあたしの言葉なんて、まるで気にしてないみたい。
それが、余計にムカつくんだよ。
あたしは、あたしなんかは、相手にもされない。
死んだ魚の目に似ているらしいあたしの目は、彼が指し示した先を映す。
懐中電灯の光をあて、注意深く見る。
「…石段?」
「あぁ。」
石段は長く長く続いている。
見上げてみても先が見えない。
懐中電灯で照らしてみても同じだった。
「行こう。もうすぐだ。」
先に歩いていく彼の背中を、あたしはじっと見つめる。
その背中に触れてみたい、そんなことを思った自分が信じられなかった。
信じられなくて、恥ずかしくなる。
きっと頭が可笑しいんだ。
今日のあたしは、どうかしてるんだ。
「なんか、天国まで続く石段みたい。」
「天国か。」
彼は息を零すように笑う。