あの夏を生きた君へ





「ちづ。」


「…何?」


「あれ、ほら。」

彼は前方を指差した。

さっきのあたしの言葉なんて、まるで気にしてないみたい。


それが、余計にムカつくんだよ。

あたしは、あたしなんかは、相手にもされない。



死んだ魚の目に似ているらしいあたしの目は、彼が指し示した先を映す。

懐中電灯の光をあて、注意深く見る。




「…石段?」


「あぁ。」


石段は長く長く続いている。

見上げてみても先が見えない。
懐中電灯で照らしてみても同じだった。



「行こう。もうすぐだ。」


先に歩いていく彼の背中を、あたしはじっと見つめる。


その背中に触れてみたい、そんなことを思った自分が信じられなかった。

信じられなくて、恥ずかしくなる。


きっと頭が可笑しいんだ。

今日のあたしは、どうかしてるんだ。





「なんか、天国まで続く石段みたい。」


「天国か。」


彼は息を零すように笑う。





< 124 / 287 >

この作品をシェア

pagetop