あの夏を生きた君へ
そこにある木々の中で、その木だけが花を咲かせていました。
花は白く、まるで季節外れの雪が積もっているようです。
「綺麗でしょう?」
兄に尋ねると、なぜか兄は酷く驚いていました。
「お兄ちゃん…?」
「……この花は…。」
兄の様子は明らかに不自然です。
その時、木の陰から幸生くんが歩いてきました。
妹の小夜子(サヨコ)ちゃんも一緒です。
私と目が合うと、幸生くんは絵を見せてくれました。
「わぁ!」
目の前の美しい木、その向こうの空。
幸生くんの目に映る世界はこんなにも綺麗なんだ。
私は一瞬にして幸せな気持ちになってしまいます。
「幸生くんは本当に絵が上手!」
そう言って笑うと、幸生くんは頭を掻きながら俯きます。
私が不思議に思っていると、横にいた兄が乱暴に絵を奪ってしまいました。
「お兄ちゃん!?」
幸生くんが描いてくれた絵を凝視する兄の顔が怖くて、私は不安になります。
そんな私の視線に気づいたのでしょう。
兄はハッとして私の目を見ると、困ったように笑いました。