あの夏を生きた君へ
それから――。
兄は、「万歳!万歳!」の声に送られて戦争へ行ってしまいました。
見送りの時、周りの人たちは皆笑顔でしたが、その中で母だけは違っていました。
まるで目に焼き付けるかのように、遠くなっていく兄の背中を見つめています。
眼差しには迫力があり、その姿は異様でした。
「時男(トキオ)…。」
ぽつりと、擦れた声で兄の名を呟いた母。
「行くな」、と喉元まで出かかった言葉を押し殺していたのでしょう。
母と私は、兄が帰ってくる日をいつも待っていました。