あの夏を生きた君へ
「明子。」
「何?」
「…疎開するかもしれない。」
私は、驚いて声も出せません。
ただ、色鮮やかなおはじきを、ぎゅっと手の中で握りしめていました。
「母さんの実家なんだ。準備も出来ているから早く来いって。」
「…うん。」
「母さんはまた体調が良くないし、小夜子はまだ小さい…だから。」
「…そう。」
夏の爽やかな風が吹き渡っていました。
葉が騒めいて、草も流れるように揺れています。
私は、何も言えません。
俯いて黙り込む私の頭に、幸生くんの手が触れました。
そして、兄の手よりも少し小さな手は不器用に私の頭を撫でました。