あの夏を生きた君へ






でもね、時々ふいに思うのです。



夫が先に旅立ち、もはや一人きりになった家の中で。



例えば、いつかの夕暮れのような朱色に染まった空を見上げていると。


例えば、頭の毛が薄くなるにつれ見えだした傷痕に触れていると。


例えば、たった一枚の、古い写真を眺めていると。




ずっと昔の記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に甦ってくるのです。




そして、記憶の中には必ず幸生くんがいました。


幸生くんは、瞳を輝かせて笑っているのです。



すると、私の心も少女だったあの頃に戻っていくようでした。







きっと、幸生くんはどこかで見守ってくれている、
私はそう思っています。










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