あの夏を生きた君へ
「それに、ちづの命はちづだけのもんじゃない。」
「え?」
首を傾げるあたし、
彼は楽しそうに言った。
「生まれた日を覚えてるか?」
生まれた日…?
「ちづが生まれたのは、14年前の5月20日。
真夜中だった、生まれた頃にはもう外は明るくなってたな。
ずっとそわそわしてたちづのお父さんも、へとへとになってちづを産んだ恵も、ちづの顔を見た途端に泣いたんだよ。」
「え?」
「ちづが生まれてきてくれて本当に嬉しかったんだ。
あれは幸せな涙だった。ちづの産声にも負けないくらい二人とも泣いて喜んだんだ。
明子も駆けつけて大騒ぎだった。」
彼の話を聞きながら、あたしは目を閉じた。
瞼の裏に、お父さんとお母さんの顔が浮かんだ。
「“鶴のように長生きし、たくさん幸せがめぐりますように”、そう思いを込めて『千鶴』と、二人が決めたんだ。」
あぁ…また泣いてしまう。
もう、無理だった…。
「名前には生まれてきた命への願いがあると思う。
『千鶴』って名前には、きっとたくさんの愛が詰まってるんじゃないか?」