あの夏を生きた君へ








「ちづ、絶対何かあっただろ?」


「何もないって。」



団地の薄暗い階段の途中で、悠はしつこいくらいに聞いてくる。



「だって可笑しいだろ?急に素直になったり…さっきだって、もっとキレるだろ?フツー。」


「何もない、何もない。」


それでも訝しがる悠の視線が痛くて、あたしはさっさと階段を駆け上がる。






「ただいまー。」


玄関の扉を開けて、
次の瞬間、頬に鈍い痛みを感じた。


それと同時に、

バチッ!

という音が響く。


階段の下で悠がギョッとしているのを、あたしは視界の片隅で見た。




一瞬、何が起こったのか分からなかったけど、あたしの目の前にはお母さん。

玄関に涙目で立っていた。



それでお母さんに打たれたのだと、あたしは理解する。






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