あの夏を生きた君へ
外に出た途端、温ついた空気が肌に触れて顔をしかめる。
コンクリートの階段を降りていくと、踊り場の所で蛾が死んでいた。
この陰気で古臭い団地では見慣れた光景だ。
夜になると、ぶら下がっている裸電球に虫が寄ってくる。
その内の何匹かは、翌日になるとそのままここで死んでいるのだ。
あたしは足を止めることなく、グロい亡骸の横を通り過ぎた。
桐谷家のような貧乏一家にはお似合いのボロ団地は7階建て。
その5階から1階までの階段ときたら降りるのも上るのも面倒くさい。
エレベーターなんて気の利いたものは、ここにはない。
やっとの思いで昼間だというのに薄暗い階段から地上に降り立った。
そうすると、強い日差しが頭上から降り注ぐ。
空は青一色で、風はない。
僅かばかりの気力と体力を一瞬のうちに奪っていく。
やっぱり帽子を被ってくればよかった、と心の内で後悔したけどもう遅い。