あの夏を生きた君へ
悠は言わなかった。
学校で何があったのか、としつこく尋ねるお母さんに本当のことを言わなかった。
それどころか、悠はたぶん、あたしが盗み聞きをしているのを知っていて言うのだ。
『俺、待ってます。ちづがいつでも学校に来れるように俺も頑張ります。』
あんなことがあっても休むことなく学校へ行く悠は、
あたしの代わりに、あの息苦しい
教室で戦ってくれているのだろうか。
昔、女顔とイジメられた悠の代わりに、あたしが男の子たちとケンカをしたように。
いつの間にかあたしの身長を追い越して、いつの間にか守っていたあたしが守られている?
立場逆転。
冗談じゃない。
昔とは、色々なことが違う。
悠があたしを庇えば庇うほど、きっと状況は悪くなるばかり。
今まで、学校で必死に悠を避けてきたのに。
美季たちのグループを怒らせないようにと、必死で。
それが、それなのに…こんなはずじゃなかったのに。
「ちづ?」
ぼんやりとしていたあたしに向かって、不安そうに悠は言った。
あたしの努力なんか、これっぽっちも分からない悠がつい憎らしくなってくる。