あの夏を生きた君へ





あたしと彼の間に会話はなく、だからといって不思議と気まずいとは思わなかった。



聞きたいことはたくさんあったけど、ハッキリ言うと面倒くさい。

頭の中はグチャグチャに散らかっていて何から聞けばいいのか分からないし、最終的にはいつものように“どうでもいい”という答えに辿り着いてしまう。




ただ、あたしは彼が言った「約束」について考えている。


「明子とした約束を果たしにきた」と、彼は言った。



可笑しなことを言うもんだと思う。

明子だなんて…多分ばあちゃんのことなんだろうけどメチャクチャだ。

タチの悪いイタズラか、からかってんのか…。



どちらにしても雨が止んだら帰ろう。




その時、突然彼が口を開いた。


「寒くないか?」


「え?」



ハッキリとした声だったのに、聞こえていたのに、あたしは思わず聞き返してしまう。
だって、あんまり突然だったから。





「寒くないか?」


「あ、うん、大丈夫。」


そう答えると、彼は安心したように笑った。





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