あの夏を生きた君へ
そこに、彼はいなかった。
でも、どういう訳か窓が開け放たれていて、風でカーテンが舞い上がっている。
病室の中が妙に明るいと感じるのは、今夜が満月だからだろう。
あたしは、ホッとしたような、残念なような気持ちになった。
そんな都合良くいるわけないか。
畳まれていたパイプ椅子を引っ張りだす。
ばあちゃんが眠っているベッドの横で広げて、あたしは肩を落として座った。
その時、背中に風を感じた。
開きっぱなしの窓からやってくる風は、強くて大きな風だ。
矢のように早く強烈なそれは、あたしの髪を攫っていく。
誰だよ、閉め忘れたヤツ!
苛立ちながら、窓を閉めようとして立ち上がる。
風の中で顔を上げた瞬間、あたしは声にならない悲鳴を上げた。
驚きすぎて心臓が震えている。
開いたままの窓、
その窓枠に器用に腰かけた彼。
さっきまで、そこにいなかったはずの彼がいる。