Addict -中毒-
タクシーを降り立ち、慌てて彼の元に走り寄ると、私は無言で彼の頭上に傘を差し出した。
彼は私が近づいても顔を上げようとはせず、
「ずぶぬれじゃない。風邪引くわよ」と呆れるように私が言うと、ようやくのろのろと顔を上げた。
黒い髪は雨に濡れて、額に張り付いていたし、男らしい線を描く頬骨には少しだけ影が宿っていた。
目はうつろで、私を見ているのかどうか分からない。
だけど彼の右の黒い瞳の奥底には小さな光を湛えていた。
彼はちょっと笑うと、濡れた髪をちょっと後ろにかきあげた。
後ろに撫で付けられた髪から一房垂れていて、水を含んだ髪の先から水滴が滴り落ちている。
その姿が何とも―――色っぽかった。
「ホントに来てくれたんだ」
彼はちょっとだけ笑うと、ゆっくりと立ち上がった。
「私は嘘はつかないわよ」
あんたと違って―――
と言いたかったけれど、その言葉を発することなく、私は飲み込んだ。