Addict -中毒-
「ねぇ…どうしたの?何かあった?」
彼が立ち上がると、私は傘を持つ手を上げなくては傘が彼の頭に当たってしまう。
今更濡れることを心配しないでも、彼はずぶぬれだったけど。
それほど大きな傘ではなかったから、私も肩の半分が雨に当たっている。
冷たい雨粒が薄手のコートに染みこんで、ひんやりと体を冷気で包んだ。
地面に打ちつける雨が、パンプスの中まで入ってきて足の裏に不快な冷たさが侵入する。
啓人は私の傘の柄を握る手の上から、冷たい手を重ねてきた。
彼はちょっとだけ顔を歪めて無理やり笑顔を作る。
「………ちょっとね…」
「言ってよ。じゃないと私はどうすればいいのか分からない」
啓人は私の手から手を離し、
そしてその濡れたままの体で、唐突に―――私を抱きしめてきた。
「何もしなくてもいい。
ただ―――
傍に居て」
雨音の中で聞いた彼の言葉は、初めて聞く弱々しいものだったけれど、
私にはしっかりと届いた。
傘が私の手からすり抜けて、地面に転がった。
傍ニ居テ―――
彼は初めて―――私をオンナとしてじゃなく、一人の人間として必要としてくれた。