Addict -中毒-
「また俺は紫利さんを怒らせちゃった?ごめんな」
彼のしおらしい声が頭上から振ってくる。
振り払いたいのに、私はこの手を振り払えない。
力強いこの腕に、いつまでも抱かれていたい。
「何に対して謝ってるのよ。女心をもっと勉強しなさいよ」
言葉では怒ったふりをしていても、私は彼を押し戻そうとしなかった。
「複雑なんだね」
彼はちょっと笑った。
「複雑よ。あんたが考えるより、ずっとね。それよりいいの?こんなところ誰かに見られたら……」
私は会場のホールの方をちょっと伺った。
誰もこんな寒空にすすんでくる人は居ないだろうけど、やっぱり気になる。
「俺は大丈夫だぜ?逆に自慢しちゃうかも」
啓人は笑いながら、私の頭を軽く撫でる。
その言葉が―――その手付きが、嬉しかった。
たとえその場から出た言葉だと思っても、心が浮いていく感じがする。
視界の端に赤いテールランプの光が映ったけれど―――
私は目を閉じて、その光から目を背けた。
目を閉じると、深い暗闇になった。
それがこの先の私の運命を現しているのかもしれない。
だけどこの闇に
身を委ねてみるのもいいかもしれない。