Addict -中毒-
「It is the night of the dear Savior's birth
(御子イエス生まれ給う)」
啓人の車の中で聞いた“O Holy Night”を口ずさみながら、私はゆっくりと顔を上げた。
昨晩イヤと言うほどカラオケで歌ったはずなのに、喉から出る歌はかすれることなく、詰まることなくスラスラと口から出る。
―――これが神を讃える歌だからだろうか。
私は神に背いて居るというのに。
それとも―――自ら堕ちることを、神様が咎めているからだろうか。
「♪A thrill of hope the weary world rejoices
For yonder breaks a new and glorious morn
(新しき朝は来たり。さかえある日は昇る)」
口ずさみながらも、私はまばたきをしてその白い粉雪の景色を見つめた。
キイキィ…
私の歌声に混じって遠くで扉が軋む音がしている。
この前ハプニングとは言え、啓人が入り込んだ洋間へと続く扉。
閉め忘れたのかしら。どこからか風が入り込んでいる扉を揺らしているに違いない。
―――その向こう側にはグランドピアノがある。
何も考えず、何となくふらっとその部屋に入ってピアノの蓋を持ち上げる。
啓人が押していたG(ゲー:ソの音)のを押してチューナーを用いて確認してみると、多少の狂いはあるもののやっぱり派手に調律が狂っていることはなかった。
白と黒が連なった鍵盤を見下ろして、私はト音記号の“ラ”の位置に右手を持っていくと、
ゆっくりと“O Holy Night”を弾きだした。
中学生のときピアノ教室のクリスマス会で披露した曲だ。譜面を見ずとも弾くことができる。
ピアノは時々弾くけれど、この曲は本当に何年ぶりだろう。
それでも感覚を忘れていることはなかった。
左手も添えて私は弾きだした。
~♪
「♪Oh here the angel voices
Oh nighit dibine」
力強く鍵盤を叩き、出る限りの大声をあげて私は歌った。
いざ聞け。御使い歌う
妙なる天つ御歌を―――
「神よ。どうかお赦しください。
啓人を好きになってしまったことを―――」
それはここだけ、この瞬間だけの
私の懺悔だった。